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2013/07号
黒田官兵衛ゆかりの地(6) ・ 姫路市飾磨区妻鹿
(姫路市飾磨区妻鹿)
〜姫路城を秀吉に譲り、父職隆とともに移り住んだ国府山城〜国府山城は、山陽電鉄妻鹿駅の北約1キロの甲山(標高98m)の山頂に置かれた。功山城・袴垂城・妻鹿城などの別称があり、元弘三年(1333)に赤松円心配下の勇将、妻鹿孫三郎長宗が城を築いたのが始まりで、天正元年(1573)に官兵衛の父職隆が新たに国府山城を築いたという。
国府山城が歴史に名をとどめるようになったきっかけは、天正8年(1580)1月に三木城を陥落させ、三木城を中国(毛利)攻めの本拠にしようと考えた秀吉に対し、官兵衛が「海陸交通の要衝である姫路城こそ本拠にふさわしい」と進言。自らの居城である姫路城を秀吉に差し出し、同年4月に父職隆とともに国府山城に移ったことにある。
もし官兵衛が自らの居城を差し出す度量を秀吉に見せなかったら、もし秀吉が姫路城を本拠にしていなかったら……歴史にifはつきものだが、国府山城は官兵衛にとっても秀吉にとっても、自らの歴史を変えた、大きな意味を持つ城であったといえるだろう。
その国府山城へは、山陽電鉄妻鹿駅から市川左岸の道を北へ5分ほど歩き、道を下ったところにある「妻鹿城址」と刻まれた大きな石碑の横手、荒神社の参道脇から登っていく。ところどころに案内の矢印が立っていて迷うことはないが、そこは山道。ラクに登れるわけはないし、周囲は雑木林で見通しがきかないので、多少不安にもなる。
ほっと一息つくのは、青空がのぞき、その下に送電線が見えてくるあたりからで、何かの郭の跡なのか比較的広い平らな場所が続いていく。
そこからは緩やかな上りの尾根道で、しばらく進むと本丸跡なのだろうか、平坦な一画に出、目の前に視界が一気に広がる。北西の方角には、市川の流れの向こうに姫路の市街地が広がり、その先に平成の大修理が行われている姫路城が見える。一旦、事あれば狼煙をあげ、それを合図に互いに駆けつけ合うことができる距離に見え、目を南西に転ずれば姫路の外港であった妻鹿の港、さらに右手、北東の山の向こうには御着城があるわけで、小さな山城ながらここに城を築いた職隆の識見の高さに驚かされる。
本丸跡からなおも進んでいくと、これも郭の跡か平坦な広がりがあったり、古代信仰の対象である磐座があったりもするが、パノラマのように広がる眺望を見るだけでだけ国府山城が築かれた意味が説得力をもって伝わってくる。
なお、末尾ながら、国府山の南に国府山城で亡くなった黒田職隆の墓所がある。住宅街の中にあって少し窮屈そうだが、地元の自治会によって御霊屋が改築されており、地元では「筑前さん」と親しまれている。
姫路へ行こう!今月の話題はこれ
第35回姫路みなと祭り 海上花火大会
姫路の夏の風物詩「第35回姫路みなと祭り 海上花火大会」が7月27日(土)に開催されます。
観覧場所(席なし)からわずか300mの台船から打上げられる花火は迫力満点。種類豊富に趣向を凝らした花火が豪快に炸裂する様は圧巻。他ではなかなか見られない尺玉(10号玉)も打ち上げられる予定です。
【開催日時】 | 7月27日(土) 19:30〜20:45 ※荒天の場合は、7月28日(日) |
【開催場所】 | 姫路港(飾磨地区) |
【お問合せ】 | 0180-99-3932(7/27、28のみ利用可能) 079-221-2504 姫路みなと祭協賛会 ※会場周辺は全面駐車禁止の為、公共交通機関の利用をお願いします。 |