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2020/03号

「ブラタモリ」にも登場。古い歴史を伝える飾磨の町

(姫路市飾磨区)




「姫路城〜姫路城で江戸城のロケをするのはあり!?〜」をテーマに、昨年12月14日に放映されたNHKの「ブラタモリ」。撮影場所になったのは主に姫路城と姫路藩の外港・軍港として発展した飾磨の町だったが、今回はその飾磨を見ていきたい。

 飾磨は万葉集にも登場し、後に飾磨津と呼ばれるようになった古い港町で、姫路城を築いた初代姫路藩主池田輝政は城下の南端と飾磨津を運河で結ぶ計画を立て、開削工事に着手。運河自体は失敗に終わったが、輝政は開削工事で出た土砂を野田川河口に埋め立てた。それが現在の玉地向島(むかいじま)で、下里静・著『姫路藩御船手組』によれば、輝政はここに姫路藩の御船役所を置き、御船手組なる水軍を創設。大坂の豊臣方や西国の外様大名に備える海防の拠点とし、役所周辺に御船作事所、御船道具置場などを設けたという。

 残念ながら向島に残る当時の面影を伝えるものは、番組でも紹介された堀や御船役所跡の碑のほか、御船役所が寄進した稲生神社の井筒・手水鉢ぐらいだが、野田川に架かる向島橋を渡って西岸に出、南に下っていくと、まるで「昭和」が甦ったような古い民家が点在していることに気づく。かつての飾磨津の主要な船着場だった東堀で、大正時代に少年詩で一世を風靡した有本芳水の生家跡がある。

 東堀から西に向かうと、これまた古い町並みが続く御幸で、さらに行くと恵美酒宮天満神社。門前に灯台をかたどった有本芳水の詩碑が立ち、詩碑の向こうには元料理屋だったという高い板塀を巡らせた小粋な建物も見える。

 神社から国道250号を渡って南に進むと、生野鉱山と飾磨津を結んだ生野鉱山寮馬車道(銀の馬車道)の発着点だった宮で、生野鉱山専用の物揚場だったというレンガ造りの倉庫の一部が残っている。

 宮から西に向かうと大浜で、今は閉店している「昭和」が匂う理髪店などレトロな町並みが続き、元飾磨市長を務めたという岡上家の豪壮な建物もあり、屋敷の南端には魚屋堀の跡を示す碑が立ち、「志士上陸地」とも刻まれている。幕末に生野義挙に参加した平野国臣ら勤王の志士らが上陸した地だということだ。

 大浜から南の須加には川口御番所が置かれ、「裏手番所跡」の碑がわずかにそれを伝えているが、大浜から西にさらに進むと浜の宮天満神社がある。門前には魚問屋、生魚仲買中などから寄進された古い常夜灯が立ち、社殿前には越前加賀の北前船の船主たちが奉納した霊牛が見え、飾磨津が日本遺産に認定された「北前船寄港地」の1つだったことが分かる。

 歴史を中心にざっと見てきたが、飾磨の町ではどこを歩いても映像に取り上げたい場所に出会うに違いない。

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